Measurement of the Strong Coupling Constant from Two Jet Production Cross
Section in 1.8-TeV Proton-Antiproton Collisions
(重心系エネルギー1.8~TeVの陽子・反陽子衝突における 2ジェット生成断面積を用いた強い相互作用の結合定数の測定)
素粒子の強い相互作用は量子色力学(QCD)によって記述される。QCDは繰り込み
可能なSU(3)ゲージ理論でただ1つの結合定数alpha_sを唯一の未知数として含んでいる。
その繰り込み群方程式はエネルギーが増大するにつれてalpha_sが減少(``running'')
する事を示し、陽子等のハドロンを構成するパートンの漸近的自由性をよく説明する。
alpha_sの測定は現在まで主に電子・陽電子衝突によるハドロンの生成事象または、電
子・陽子衝突もしくはニュートリノ・静止原子核衝突における深非弾性散乱のスケー
リング則の破れをみる事によってなされてきた。本研究では純ハドロンの相互作用で
ある陽子・反陽子衝突における2ジェット生成断面積から強い相互作用の結合定数
alpha_sを測定した。
1994年から1995年にかけて、米国フェルミ国立加速器研究所において重心系エネルギー 1.8~TeVの陽子・反陽子衝突実験を行い、CDF(Collider Detector at Fermilab)検出器 を用いて積算ルミノシティ86 pb^{-1} のハドロンジェットを含む事象を収集した。 ジェットの運動学的量は横方向(陽子・反陽子のビーム軸と垂直な成分)エネルギー ET及び擬ラピディティeta[ eta=-log{tan(theta/2)},ここでthetaは陽子のビーム軸 から測った極角]によって表され、それらの事象はETが各々20, 50, 70, 100 GeV 以上のジェットが1つ以上ある事を要求する4種類のトリガーによって取り入れられた。 この際、データ収集系の処理速度の上限から20, 50, 70~GeVの低いしきい値を持つ事 象は各々全体の1000, 40, 8分の1の事象のみ記録した。
CDF検出器は陽子・反陽子の衝突点を囲む様に中心から飛跡検出器、カロリメータ、 mu粒子検出器が配置されている汎用型検出器である。飛跡検出器は1.4テスラの 超伝導ソレノイド磁石の内側に設置され、荷電粒子の運動量を測定する。ジェット のエネルギーの測定は電磁部とハドロン部とから成るカロリメータで行われる。 電磁部には鉛板が積層されており、電子や光子は制動放射と電子・陽電子対生成 を繰り返して電磁シャワーを形成する。電磁カロリメータはこのとき発生する電子 ・陽電子を検知してエネルギーを測定する。ハドロン粒子は鉄板が積層されている ハドロン部でハドロンシャワーを形成し、電磁部と同様にエネルギーが測定される。
本研究では 0.1<|eta_1|<0.7 の領域に ET>40 GeVのジェットが ある事と 0.1<|eta_2|<3.0 の領域に10GeV以上の2つ目のジェット がある事とを要求して、2ジェットを含む事象の生成断面積を測定した。 この際、ジェットトリガーの効率と検出器の効率の補正、カロリメータの 応答の不均一性やエネルギー分解能による分布のひろがりの補正を行った。 12GeV以下のカロリメータの応答は荷電粒子の運動量とカロリメータで 測られるエネルギーとを比較する事で測定し、それ以上のエネルギー に対する応答は電子及びpi粒子のテストビームによって較正した。 モンテカルロシミュレーションで作成されたパートンをこうして得られた カロリメータの応答に通す事によって、パートンが実際に持っていたエネルギーが ET^{true} のとき、カロリメータで測られるエネルギーが ET^{measured} となる確率(カロリメータの応答関数)を求めた。ジェットは衝突する陽子及び反 陽子内のパートン同士の散乱によって生成するパートンのハドロン化過程で発生 する多数の粒子の塊であるが、モンテカルロシミュレーションで用いられている パートンのハドロン化に関する変数はCDFのデータと比較して予め調整しておいた。 これらカロリメータの応答およびハドロン化の変数の調整には誤差があり、 2ジェット生成断面積の系統誤差として評価した。alpha_sの決定の為に用いた 0.1 <|eta_1|<0.7, 0.1<|eta_2|<0.7 かつ 50 < ET < 150 GeVの領域では生成断面積の系統誤差は積算ルミノシティの誤差を含めて約16%となった。
QCDによると2ジェット生成断面積はその結合定数alpha_sの2次と高次 の項との和で表され、現在2次と3次の項の係数まで計算されている。 生成断面積の測定値とこの3次までの計算値との比較から、 未知数alpha_sを様々なエネルギー領域で求める事ができた。 この結果、ジェットのエネルギーが200GeV以下の領域ではQCDから予言 されるalpha_sのエネルギー依存性(``running'')を持っている事がはっき りと観測された。一方ジェットのエネルギーが200GeVを越える領域では、 生成断面積の測定値は理論予測よりも大きいが、これは陽子の構造関数の 不定性や高次の項の効果と考えられる。本研究では強い相互作用の結合定 数のZ^0の質量での値として、alpha_s(Mz)=0.117+-0.001+-0.009を得た。 中央値はCTEQ4M構造関数から得られ、0.001は統計誤差、0.009は実験的 な系統誤差で、測定された2ジェット生成断面積の系統誤差に起因する。 この値は今まで行われている実験の平均値alpha_s(Mz)=0.118+-0.003と一致する。