COBAND(Cosmic Background Neutrino Decay)実験は、宇宙誕生約1秒後に生まれ、その後他の粒子と相互作用することなく、現在も宇宙空間に一様に存在すると予言されている宇宙背景ニュートリノの崩壊現象による痕跡を探索するプロジェクトです。
宇宙誕生の際に起こったとされるビッグバンの証拠として宇宙マイクロ波背景放射 (Cosmic Microwave Background, CMB) が良く知られていますが、CMBが宇宙誕生の約38万年後に光子(光の量子)が自由になった事象であるのに対して、下図の宇宙の歴史絵に示されるように、宇宙背景ニュートリノは宇宙誕生の約1秒後にニュートリノが自由になった事象 (Neutrino decoupling) を指します。宇宙背景ニュートリノは現在の宇宙では、1.9 Kの温度で1 cm3あたり110個の数密度でほぼ一様に存在するということがCMBの観測から予測されていますが、その存在が観測により直接証明されてはいません。CMBは宇宙初期を研究するために重要な役割を果たしてきましたが、宇宙誕生の38万年後よりも前の宇宙を光学的な手段で観測することはできません。対して宇宙背景ニュートリノは、CMBよりもずっと初期の宇宙を研究することが出来る新しいプローブであり、その直接観測により、宇宙物理学が大きく発展することが期待されます。
1998年のニュートリノ振動の発見以来、ニュートリノ物理学は近年の素粒子物理学の中でも大きな発展を遂げている注目の分野です。ニュートリノ振動の観測によって, ニュートリノの質量が0でないことが示され, 現在は3種類のニュートリノの質量の2乗差とニュートリノ混合角が高精度で測定されています。しかしニュートリノ質量の絶対値は未定のままで、ニュートリノ質量の起源は依然として謎のまま残されています。今後の素粒子物理学の発展にとって、ニュートリノの質量の決定は非常に重要な課題であるといえます。またニュートリノに質量があるということは、3種類のニュートリノのうち、重いニュートリノは軽いニュートリノに光子を伴っての崩壊 (ν3 → ν1,2 + γ) が可能です。ただしニュートリノの崩壊はフレーバー転換の一種であり、素粒子標準模型の枠組みでは厳しく抑制されることが予想されています。言い換えれば、この崩壊過程は非標準な模型に対して非常に高い感度を持っていると言えます。ニュートリノ崩壊は実験的には未観測ですが、もし観測できれば、非標準模型の検証、並びにニュートリノの寿命測定はもちろん、光子のエネルギーを測定することによって、ニュートリノの質量を決定することが可能となります。COBAND実験では、宇宙背景ニュートリノを使ったニュートリノ崩壊探索なので、宇宙背景ニュートリノの直接観測も期待できる極めて挑戦的な計画なのです。
宇宙背景ニュートリノ (CνB) のニュートリノ崩壊光の強度の波長分布は上図の赤い分布に示されるような、ある波長で鋭い立ち上がりを持ち、長波長側にテールを引くという特徴的な形を持つことが予想されます。この分布は、宇宙全体に一様に分布する特定の質量を持つ粒子が光子を含む二体に崩壊する際に得られる分布の特徴で、短波長端の位置は親粒子ニュートリノ質量に依存します。仮にニュートリノ質量を50 meV/c2とすると、光子のエネルギー (波長) は、Eγ = 25 meV (λ = 50 μm)となり、これは遠赤外光に相当します。遠赤外光は地球の大気を透過できず、また大気自身が熱源となり黒体放射により遠赤外光を放つため、CνBの崩壊から生じる遠赤外光の観測は大気圏外で行う必要があります。このようにCOBAND実験では、遠赤外光の観測装置をロケットに搭載して宇宙で観測が必要になります。地球近傍の宇宙空間での遠赤外光の観測において、CνB崩壊光観測の主なバックグラウンドとなるのが、黄道光 (Zodiacal emission) や、銀河系内外ダスト放射・遠方銀河の積算光などによる宇宙赤外線背景放射 (Cosmic Infrared Background) です。これらのバックグラウンドの中からCνB崩壊光を識別するためにCOBAND実験で考案された手法が、先に述べたCνB崩壊光の特徴である急峻な短波長端分布を目印とするものです。すなわち遠赤外域の宇宙背景放射の光子のエネルギー (波長) 分布を宇宙空間で精密に測定という手法でCνB崩壊光の探索が行われます。COBANDでは、観測ロケット実験による弾道飛行で200秒の宇宙赤外光観測を行い、ニュートリノ寿命に関して1014年~1015年までの領域を探索します。これは、現在のニュートリノ寿命の既探索領域1012年に対して100倍感度での探索に相当します。
観測ロケット実験を遂行するためには、宇宙からの遠赤外光を集め、スペクトル測定のために分光したのち、焦点位置の検出器に効率よく入射するということを実現する望遠鏡光学系が欠かせません。そして検出器は、遠赤外域で分光された波長ごとに光の強度を極めて高い精度で測定することが要求されます。光線は光子の集まりなので、究極の感度を持つ光検出器とは、単一光子を検出できる能力を持つということが必須条件となるわけです。10 K以上の温度では自身が遠赤外光源となってしまうため、このような性能を持つ検出器は極低温動作でしか実現しません。また、光学系自体も同じく極低温に保つ必要があります。つまり極低温冷凍機も必要になります。これらの要件を満たす既存のものは、ほとんどが存在しない、もしくは研究室レベルでしか存在していない技術となるので、COBAND実験では、遠赤外域の単一光子検出が可能という革新的高感度の光検出器をはじめ、遠赤外域の望遠鏡・分光光学系、ロケット搭載極低温冷凍機など多岐にわたる装置の独自開発にも取り組んでいます。光検出器として、センサー部にEγ = 25 meV (λ = 50 μm)の単一光子に対しても感度がある超伝導体素子を用い、極低温動作可能な増幅器との組み合わせによる革新的感度の遠赤外光検出器の実現を目指しています。
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