素粒子物理学の第一の目的は、宇宙を構成する基本要素(素粒子)と、それらの間に働く相互作用の本質を明らかにし、自然界を統一的に理解することにある。 現在の素粒子物理学の標準理論では、物質の基本構成要素であるクォークとレプトン、それらの間の基本相互作用を媒介するゲージ・ボソン、 さらに素粒子に質量を与えるヒッグス粒子が登場する。標準理論はこれまでの多くの実験結果を極めて高い精度で説明する一方、 ニュートリノの質量や暗黒物質の正体、さらには「なぜ宇宙には反物質ではなく物質が残ったのか」といった重要な謎を説明することができない。 素粒子の性質をより詳細に調べ、標準理論を超える新しい物理を明らかにすることが、現在の素粒子物理学の大きな課題である。
本研究室では、実験的な手法によってこれらの謎に挑んでいる。研究のアプローチは、大きく「加速器ニュートリノ実験」「衝突型加速器実験」「稀事象探索実験」の3つに分けられる。
加速器ニュートリノ実験
ニュートリノは、電子などと同じレプトンの仲間でありながら、他の物質とはほとんど反応せず、その性質には現在も多くの謎が残されている。 飛行中にその種類が変化する「ニュートリノ振動」という現象を精密に測定することによって、標準理論を超えるニュートリノの性質を明らかにすることができる。 本研究室では、J-PARCで人工的に生成した大強度ニュートリノビームを、約300km離れた岐阜県飛騨市の大型水チェレンコフ検出器で観測するT2K実験と、 その次世代実験であるHyper-Kamiokande(ハイパーカミオカンデ)実験に参加している。特に、ニュートリノと反ニュートリノの振動を精密に比較し、 粒子と反粒子で物理法則が異なる「CP対称性の破れ」の発見を大きな目標としている。 これは、「なぜ現在の宇宙には反物質ではなく物質が残っているのか」という、宇宙の成り立ちに関わる大きな謎を解明するための重要な手がかりとなる。 これらの研究を実現するため、世界最高強度を目指すJ-PARCニュートリノビームの高度化、ニュートリノを精密に測定するための検出器の開発、 そしてニュートリノ振動を精密に測定するためのデータ解析にも取り組んでいる。
衝突型加速器実験
高エネルギーの粒子同士を衝突させ、その反応を詳細に観測することにより、素粒子の性質を精密に測定するとともに、標準理論を超える新粒子や新しい現象を探索する。 本研究室は、米国フェルミ国立加速器研究所(Fermilab)のTevatron加速器を用いた陽子・反陽子衝突実験 Collider Detector at Fermilab (CDF)や、 欧州CERN研究所のLHC加速器を用いた陽子・陽子衝突実験ATLASに参加してきた。 CDF実験でのトップ・クォークの発見(1994年)や、ATLAS実験でのヒッグス粒子の発見(2012年)など、素粒子物理学における重要な発見にも貢献してきた。 現在もATLAS実験において、ヒッグス粒子などの精密測定や未知の粒子・現象の探索を進めている。
稀事象探索実験
加速器によって高エネルギー粒子を生成する方法とは異なり、自然界に存在する物質や宇宙から到来する素粒子を利用し、 極めて稀にしか起こらない現象を探索することによって、未知の物理を明らかにする研究も行っている。 具体的には、宇宙背景ニュートリノの輻射崩壊を探索し、その崩壊光子を精密に測定するCOBAND実験や、 原子核の二重ベータ崩壊を探索するPIKACHU実験を進めている。これらの極めて稀な現象を発見することができれば、 ニュートリノの未知の性質や、標準理論を超える新しい物理を理解する重要な手がかりとなる。
新しい物理を捉える検出器をつくる
これらの実験を実現するためには、それぞれの観測・測定の対象に最適化された高性能な検出器が不可欠である。 本研究室では、物理解析だけでなく、新しい検出器やエレクトロニクスの開発、実機の設計・製作、建設、運転、そしてデータ取得までを一貫して進めている。 ATLAS実験では、LHC加速器の高輝度化に対応するため、内部飛跡検出器用の放射線耐性に優れたシリコン半導体検出器の開発・製作を進めている。 また、将来の素粒子実験に向けた半導体センサーやシンチレータ結晶を用いた新しい検出器の開発も行っている。 T2K・Hyper-Kamiokande実験では、大強度ニュートリノビームを生成・監視するための装置や、ニュートリノを精密に測定するための検出器・エレクトロニクスの開発を進めている。 COBAND実験では、新しい超伝導検出器STJおよび極低温で作動するエレクトロニクスを、PIKACHU実験では信号源かつ検出器となる新しいシンチレータを開発している。
ニュートリノの変化を精密に測る、高エネルギーで新しい粒子をつくる、極めて稀な現象を捉える。 本研究室では、これらの異なるアプローチを通して素粒子の未知の性質を明らかにし、 究極的には、素粒子の法則から宇宙がどのように成り立ってきたのかを理解することを目指している。
筑波大学数理物質系物理学域の年次報告書のうち、素粒子実験研究室のものを公開しています。各年度の本研究室の活動の様子を概観できます。
2019年度以前のものは旧ウェブページからご覧いただけます。

